カテゴリー別アーカイブ: 美術展めぐり

橋口五葉展

実家に帰ってぼんやりしていると、なんだか、世界中のすべてのことがどうでもいいことのような気がしてくるなあ。

きょうは千葉市美術館で橋口五葉展をみてきた。黄色の使い方が印象に残った。
浮世絵の「髪梳ける女」 もすばらしかったけど、やっぱり装幀の仕事がいちばん素敵だったなー。

台所純情/伊藤喜朔展

きょうは龍昇企画公演「台所純情」(Space早稲田)を観てきました。
おにぎり食べる龍さん萌え。吉岡さんキモカッコいい。

芝居の前に、ふらっと早稲田大学演劇博物館に行ったら伊藤喜朔の舞台装置の展示をやってて面白かった。小村雪岱の絵もあった!

LA満喫

昨日はゲッティセンターに行った帰り、バス停を間違えてUCLAに迷い込み、やっとのことで脱出。広すぎる。。。そしてまたえんえんとバスを待った。
それからなんとか無事に、メルローズアベニュー(道が広くて日当りのいい下北沢みたいな通り)にある「JapanLA」(チャリティ展示をやっているお店)にたどりついた。うさぎの絵、お嫁入りが決まったようなので、じーっと凝視してきた。

そしてきょうは、すごくスペシャルな一日になりました。eimiさん、真珠子さん、森宏さん、森さんの妹さんとドライブ!
ハリウッドサイン に、ワーナーのスタジオ、ビバリーヒルズ、大きなピザ食べて、ロデオドライブ、そしてサンタモニカの海岸沿いをサイクリング。。。

LA最後の夜は、今回の展示関係のみんなでタイ料理。やっぱり文化的な違いは大きいし、それぞれ独立した作家の集まりというのもあって、コミュニケーションがとても難しかったけど、最後に正直なところを話すことができて、ほんとうに勉強になったし、たくさん素敵な友達ができた。

で、明日はラスベガスに飛ぶよ!

LA観光

イースターっていつなんだろ?卵とウサギの形のグッズをいっぱいみかけた。日本でもクリスマスとかハロウィンはやるけど、イースターにはなじみがないなあ。

きょうはまず現代美術館に行って、リトルトーキョーをうろうろ歩き、ゲッフェン現代美術館は閉館中だったので、隣の日系人博物館を見てから、カウンティ美術館へ。
カウンティの、ホックニーの大きな絵と、チベットの箱の装飾と、ちっちゃいエレベーターの模型(壁にの下の方にさりげなく設置されててじっとみてるととき どきドアが開くの!)と、日本の根付コレクション、面白かったなー。
日系人博物館はほとんど強制収容所関係の展示。興味深かった。

テレビのニュースはリビアのことばっかり。

ハリウッドがロサンゼルスにあるって知らんかった(←バカ)

青函紀行 その4

叔母の家の窓からは津軽海峡が見える。今朝は少しガスがかかり、下北半島が霞んでいた。(そういえば昨日の朝もホテルの窓の外が真っ白で、びっくりして起きたんだった)
でもお天気は良く、名物の朝市を冷やかしに行ったときは、だいぶ日差しが強かった。
地元の人は朝市や観光客向けの海鮮丼屋さんが軒を連ねるエリアなどには行かないので、叔母にとっても珍しいらしく、ちょっとはしゃぎながらひとめぐりした。

駅前で見送ってもらって10:40発の特急に乗った。ここからは一人旅。
青函トンネル記念館というところに、ずっと行ってみたいと思っていた。
いちおう地上からも行けるのだが、地下の坑道を見学するには電車で行くしかない。
今年12月に青森まで新幹線が開通するけど(青森ではポスターがたくさん貼られてた)、いまは北海道新幹線開通にむけての工事中なので、二つある海底駅の片方は閉鎖されて、見学できるのは本州側の最北端、竜飛岬の地下にある竜飛海底駅だけ。
この駅に停車する電車も1日にたったの4便のみ。新幹線開通後はたぶん見学できなくなる。

予約が必要ということで渋谷駅に行ったとき、窓口の人がこの記念館を知らなかったので、そんなマイナーな海底140mの駅で、他に見学者がいなかったらどうしようと不安だった。
でも、停車前に、2両目からしか降りられないので集まるようにというアナウンスがあり、出口に行ってみると、リタイア後とおぼしきおっさんや鉄ちゃんがごちゃっと集まってた。
それはそれで不安になったが、あとから家族連れも来たのでひと安心した。
坑道内の案内係の人もいっしょの電車に乗っていた。

海底駅の、人ひとりしか通れない、暗くて細いプラットホームに降り立ってからは大興奮。電車の走る「本坑」に並行している「体験坑道」を歩いて記念館に向かった。

ごつごつした壁や天井、地下水を排出するための太いパイプ、火災発生時のための風門、メンテナンスの人たちがトンネル内を移動するために使う自転車(ふつうのママチャリ)。
ここができた昭和63年当時、見学者でにぎわったころを偲ばせる、さびたジオラマや、使われなくなって久しく、土に還りかけている「竜宮水族館」も興味深かった。

工事に使われた機械や、資料の展示にはあんまり興味なかったけど、係の人の説明も聞きたいし、いろいろ見るのも忙しいし、ばたばたダッシュしまくって、ふつうに体験コースを歩く距離の1.5倍くらいは走ってたんじゃないかなあ。
そしてケーブルカー「もぐら号」に乗り、長~い斜坑を通って地上の記念館へと登った。(もぐらはここのキャラで、80年代風の絵柄。こんなとこにももれなくキャラがいるのね)

海底駅といっても、ほんとの海のド真ん中にあるわけじゃなくて、工事中や、有事に地上と出入りできるように、海と陸地の境界あたりにある。
実際、記念館のあるところは、工事中には基地だったらしい。

やっと地上にでると海がまぶしく見えた。記念館は道の駅もかねているけど人はまばら。
記念館自体もちょっとした展示物と映像コーナーがある程度で、本物のトンネルを見てきたあとではどうということもなかったが、プロジェクトX的な映像は、なかなか感動的だった。

何度も起きた事故や、開通式の様子。とにかく昭和っぽいというか、青春っぽいというか。
工事中にいっぱい人死んでるし、現代の感覚だと、よくまあこんな無茶したよなって感じ。
でも、実際にその跡地に立ってみると、やっぱり圧倒されるものがあったし、なんだかよくわからないけど、ここで人間のものすごいエネルギーが発揮されたのは確か。
ナレーションは、最後に、いつか北海道に新幹線が通るのが夢だ、と語っていた。兵どもが夢の跡だなあ、と思った。

また海底駅まで戻って電車に乗って、三たび青森駅に着いたのは15時近くだった。
そのままタクシーで青森県立美術館へ。美術館行きのバスが少ないのでしかたなく。
まず入り口にあるシャガールの「アレコ」の背景画がほんとに素晴らしかった。バレエの舞台背景用の3枚の巨大な幕。これずっとみてるだけで満足できそうなほどだった。

企画展が「ポンペイ展」で、元々あまり興味がなく、常設展だけ見るつもりだったけど、おととい三内丸山遺跡に行ったせいで、ちょっと見てみようかなという気になった。
壁に描かれていたのを剥がして復元した、フレスコとモザイクの絵が面白かった。
絵のいい悪いではなく、前に立つとその家で暮らしていた昔の人々の気配が感じられるようで、これが、ふつうの絵画よりも生活に密接した壁画というものの力なのかなあと思った。

それから常設展。青森出身の人の作品を集めているので、ばらばらといえばばらばらだけど、「あおもり犬」をはじめ、奈良美智の作品をまとめて見られるし、棟方志功のでっかい肉筆画がすごく良かったし、寺山修司の部屋も独特の雰囲気だった。
時間を忘れて見ていたら、帰りのバスの時間に遅れそうになってしまった。またばたばた走って、ちょっと離れたとこにある奈良美智の「八角堂」を一応見るだけ見た。
なんとかバスに間に合い、青森駅に戻ると、そこでまた別の長距離バスに乗り換えた。ここの乗り換えの時間が短くて心配だったのだけど、どうにかうまくいった。

高速道路からみる景色は、こないだの八甲田山の道路なんかに比べると単調だったし、だんだん暗くなってきたので、ちょっとウトウトしたりしているうちに、盛岡に到着した。

盛岡に来るのはまったく初めてだけど、曾祖父の出身地。どんなところなんだろう。
朝からまともなものを食べていなかったので、まずは駅前の盛楼閣で盛岡冷麺。
疲れていたし、こんな冷麺は初めてで、とても美味しく感じた。もう8時過ぎていたけれど、今晩泊まるところを決めていなかったので、食べながら検索。

ここまで来たんだから宿まで行って実際に見て、気に入ったところに泊まろうと考えた。それで少しうろうろして、安くて便利そうで、古いけどいい雰囲気のところをみつけた。
ネットで予約した方が安いだろうと、某サイト経由で何度か申し込んだけどうまくいかず、電源は減っていくし、ちょっと焦ったが、べつの旅行サイトを使ったらすんなり取れた。
無事チェックインできて、ほっとした。

青函紀行 その2

十和田市現代美術館は9時オープン。早起きして(早くもないか)朝イチで入館。
常設展も、企画展「草間彌生 十和田でうたう」もオブジェ中心で、明るくて大胆な雰囲気。
いい天気だったので、ガラス越しに見える青空と、美術館の空間がさわやかで気持ちよかった。

ロン・ミュエク「スタンディング・ウーマン」、ハンス・オプ・デ・ピーク「ロケーション(5)」、それに栗林隆「ザンプランド」も面白かったなー。
オノ・ヨーコのインスタレーションは明らかに恐山をイメージしてた。
美術館自体はそんなに広くないけど、美術館前の広場にもたくさん大きなオブジェがあって、草間彌生のでっかいかぼちゃのてっぺんによじ上ってる子どもがいた。すごい身体能力。。。
大人も子どもも理屈抜きで楽しめる素敵な美術館で、わたしもとっても楽しかった。企画展には周辺の商店街も協力していて、赤い水玉が窓にいっぱい貼られてたのも可愛かった。

もともと車を使う予定ではなかったので、このあと電車で函館に向かうつもりだった。
しかしここは十和田市。近くに奥入瀬渓流と十和田湖がある。

じつはわたしは恐山や奥入瀬渓流が青森にあるということすら知らなかったのだけど、同行者がいると、視野が広がって、思いがけない場所に行くことができてすばらしい。
奥入瀬渓流は薄緑の日本画の世界。岩絵の具の色彩だった。東山魁夷の絵の中にいるみたい。歩いたのはほんの一部だったけど、マイナスイオンをいっぱい吸い込んだ。滝も素敵で、思わず滝壺まで走り寄っちゃったりして、運動神経ないのに、危険。。。(スパイクつきのトレッキングシューズを履いていったのは本当に良かった。水にも強いし)
でも、水がゆったり流れているところと木々と苔々の、ふしぎな緑色がいちばん心に残った。

十和田湖はカルデラ湖で、微生物が少なく、透明度が高い(昨日の宇曽利湖もカルデラだった)。湖の底が、けっこう遠くまで見えた。ここの水が、水門を通って奥入瀬に流れていく。
湖畔を少し散歩してから、また車に乗り、湖の周りをぐるりと回って、八甲田ゴールドライン経由で再び青森へ。今日は一日中緑のトンネルの中を走ってた。

夕方、4時半ころに青森市内について、まだちょっと時間があったので、三内丸山遺跡へ。
立派なつくりの入り口の建物をくぐると、広々とした公園に復元された竪穴式住居や謎の柱など。またわたしは走りまわって柱の跡やらお墓やら見物し、Aさんはゆったりあたりを見回していた。ここは30分もあれば十分楽しめる。同じ敷地内の青森県立美術館は5時閉館なのでまた今度。

無事に青森駅に到着して、レンタカーを返して、特急スーパー白鳥で函館へ。
疲れて眠くなってしまったけど、青函トンネルに入るまでは起きていたかった。でも思わせぶりな短いトンネルがいくつもあって、気がついたら眠ってた。
北海道の地上に出たころに目が覚めた。夜7時半過ぎても、緯度が高いのでまだうす明るい。
木古内という駅に停車した時は、電車の音も止み、外もしんとして、乗客もみんな押し黙り、異様に静かで、時間まで止まってしまったようで、思わずひそひそ声になってしまった。
やがて街の灯が海に沿って見えてきて、8時過ぎに函館に着いた。

函館は両親の出身地だけど、駅に来るのは久しぶりだったので、新しくなっていて驚いた。
駅前から市電に乗り、函館山方面へ。宝来町(元々はこのあたりが本籍地だった)で降りた。
よく父が懐かしがっていた「小いけ」のカレーを食べてみたかった。
昔とは経営が変わって(そりゃ何十年も経ってるし)味も変わってしまったという話だけど、食べログでの評価は高いので「元祖小いけ」(すぐ隣に「本家小いけ」もある)でカツカレー。
すごく美味しかったけどな。安いし。冷凍カレーを持ち帰りできるというので、実家に送った。

それからロープウェーで函館山に登り、函館の夜景を見た。夜景は子どものとき以来。
展望台のガラス越しより、外に出て生で見るのが何十倍もきれいで、ずっと眺めていたかった。
それにお月さまが、ほぼ真ん丸の月が、異様に大きく、オレンジ色に光って禍々しいほどで、それが海に映って、光の道がくっきりとこちらに向かってきていた。なんなんだあれは。。。

またロープウェーで山を降り、ぶらぶらとベイエリアを歩いて、ホテルへ。
「ラビスタ函館ベイ」はなかなかこじゃれたホテルで、夜景を見ながら赤湯の温泉に浸かれる。お風呂からみたお月さまは、もうふつうの大きさに戻って、光の道もおだやかに拡散していた。

医学と芸術展

森美術館「医学と芸術展」に行った。
招待券をもらっていたのだけど、あんまり興味がわかず放置していたら、ついったーでフォローしてる方々の評判が良いみたいだったので、最終日の夜に見に行くことにした。

大隈重信の使っていた義足、妊婦の解剖図や模型、貞操帯、手術の道具、バイオテクノロジーを使った作品、などなどなど、学術的なものから変態じみたものまでずらり。
インプラントの手術をしたばかりなのもあり、いろいろ考えさせられた。こういう方向のアプローチもあるのだな。

一番心に残ったのは、亡くなる直前と直後の顔の写真を並べて展示したもの。閉じられた老人のまぶたの皺の美しさが印象的だった。

早川良雄 ー“顔”と“形状”ー

国立近代美術館・ギャラリー4で、昨年亡くなられた早川良雄さんの回顧展を見た。

ポスター、雑誌の表紙などのデザインとイラストレーション。
それほど大規模な展示ではなかったけど、どの作品もさすがのクオリティで、特に、顔のイラストのインパクトの強さには圧倒された。
すごくお洒落で、力強くて、洗練されていて、大人っぽくて、自立した感じ。
百貨店のポスターとか、あまりにもカッコ良過ぎて、このイラストを見てお買いものに出かけた昭和の人々は、どんなに大人っぽい感覚を持っていたのだろうかと驚いてしまった。

映画と絵画の境界線

きょうは、渋谷のアップリンクで行われた、短編フィルムの上映会に行った。
映画評論家で多摩美の先生でガンホ会の発起人、大久保賢一さんのプロデュース。
行く途中、渋谷駅前のスクランブル交差点で背後から前川さんに声をかけられた。目的地が同じとはいえ、大混雑の渋谷駅前でばったり、ってなんかすごい。

映画と絵画の境界線上にある作品、ということで、ほとんど停止してるようにみえるけど実はじわじわと動いていたり、カメラの位置がずーっと固定されてたり、物語がないもの、アニメ的な表現のもの、いろんなのがあって、それぞれすごーく面白かった。

前衛的な映像作品は美術館でよく見かけるが、映画とは別のものだと思ってた。
わたしは美術館で映像のコーナーがあると、素通りしてしまう場合が多い。
まあ映画も見ないし、映像のような時間的表現にほとんど興味がないこともあるが、美術館では絵のようにスクリーンが展示されていて(美しいのは確かだけど)、椅子がないから、じっくりみるには地べたに座り込んだりしなきゃいけないので困る。(絵だったらぼーっと同じのを何十分も眺めてたりするのにな。)

でも大久保さんは、こういう短編を映画館で上映したいと話されてて、ああそうか、こういうのもやっぱり映画の一種なのか、と思った。
大久保さんは「映画が映画館を出て美術館に進出している」という感覚のようだ。
サイレントの作品では、映写機の音がよく聞こえるのも面白かった。

映画の後は、大久保さんと音響家の森永康弘さんとのトークショー。
「音」を中心にこの世界を把握しようとしている人とは、同じ世界に暮らしていながら、まったく違ったパラレルワールドを見ているのだろうなと思う。
アルタミラの壁画の話が出て、うわ行ってみたいと思ったけど、公開されてないらしい。

わたしは、絵と映像の境界線ははっきりあると思っている。境界線のある場所は、人によって変わると思うけど。

自分の絵が具象だからかもしれないが、絵は、やっぱり基本的には、連続する時間のなかの大切な一瞬を永遠にとじ込めるために「切り取る」ものだと思う。
その時間が、現実の時間であっても、架空の(小説とか)の時間であっても。

なにかが最も素晴らしく見える瞬間の色や形を選び抜いて切り取ろうとしているのに、それが変化してしまったら切り取った意味がなくなってしまう。
映像から見たら絵は静止してるものに見えるかもしれないし、静止することも「動き」の一部ではある。

でも、切り取った絵は、動かないけど、動かないだけで、止まっているわけではない。だって絶対にそのあとで動き出したりはしないから。
さらにいえば、絵というのは写真とも違って完全に絵描きの脳の中で生まれた作り物なので、その前後の瞬間なんて初めからなかったかもしれないのだ。

絵は、人間が手で描くものだから、描くためには一定の時間が必要だし、一枚の絵の中には、絵描きが異なった時間に見たり考えたりしたものが混ざっている。
描かれたものをみるのは一瞬でできるから、絵画の中に動きを内包させることも可能だ。
一瞬で全体をみられない、絵巻物のような表現は、映像にかなり近い。壁画も、場合によってはそうかもしれない。
しかし、やっぱりそれは映像作家が描きたい動きとは違うような気がする。(絵巻物の時代には映像はなかったからくらべられないけど)

絵描きは絵を保存しておこうとするし、映像の人は動きを記録しようとしているし、一番大事なものも、作る動機も、目的も、もともとまったく違うんじゃないかと思う。
一人一人の人間の感覚の違いは、ここまで大きいのだ(小さいような気もするが)。
でも、一番大事ではなくても面白いものは面白いので、今日の上映を見られて良かった。

そのあと、大久保さんの奥様で、4月のソウル観光でもご一緒した京子さんや、大久保さん、森永さんやその大学のお仲間たちとみんなでまた飲みに行った。
前川さんとはここ4日のうち3日、一緒に飲んでる。。。感動のあまり、大久保さんに感想をわーわーとまくしたててしまった。。。

終電で帰宅したらFAXが届いてて「屋久島取材日程と注意事項」と書いてある。まったく心当たりがなく、たまげながらも、ええっ1/5出発!もうすぐじゃんとか、うーん飛行機イヤだなあとか、登山靴なんて持ってないよとかいちおう考えてから、よく見たら別の方に宛てたものだったので、ひと安心しましたとさ。

手作り市/東京コンテンポラリーアートフェア2009

今朝、家中のあちこちになにやら豆板醤のような赤いものがついていた。???と思ったらいつのまにか自分の指先が切れて血が出てた。。。わたしの血液は李錦記の豆板醤と同じ色。

Sちゃんと、大学時代の友人が出店していた雑司ヶ谷の鬼子母神「手作り市」へ。鬼子母神ってはじめて行ったけどいいとこだった。銀杏の大木が紅葉してきれい。

境内は出店者とお客さんですごい混雑で、めあてのお店をみつけるのに一苦労した。
そこらじゅう、髪飾りやら焼き物やらバッグやらお菓子やらいろんな手作り品の山。
フリマかあ~と思って気軽に行ったのだけど、けっこう見ごたえがあった。商売でやってないからか、ひとつひとつ丁寧に、いい材料使って作ってるし。それになかなかいい値段つけてた。名刺置いてるプロの人もいるみたいだった。
デザフェスとかでこういう雑貨を売ってるのみると、それどうなのよって思うけど、こういうとこで売ってるのみるのは、同じような品物なのに、素直に楽しい。

そうだ、ちょうどわたしもグッズのお店の内装やってるんだった。。。
わたしはグッズ作りには興味がなく、絵はがきと、トートバッグ(お店で作ってくれた)くらいしか置いてないんだけど、お店に置かせてもらえるのってラッキーなことだし、これはわたしもなんか作らねば。と、にわかにやる気をおこしたのだったが、そのまえに壁画をしあげて、DMも作って送らないといけないな。。。

それから池袋の東武百貨店で日本画の展示を見た。Sちゃんは日本画をやってるので。若い作家さんだったけど、すごく丁寧で明るい気分になるすてきな絵だった。
日本画は海外では売れないというけど、日本家屋にはやっぱり日本画が一番合うと思う。

そして東京コンテンポラリーアートフェア2009(御成門・東美アートフォーラム)へ。
アートフェアって一人で行くといつもざっと見てすぐ出てきてしまうのだが、友達と行くとゆっくりみることになるのでいいかも。

なんか小さい作品が多くて、売る気満々な感じ。まあアートフェアだから当然だけど。
で、またどれもこれもすっごく丁寧に描かれてるんだ。。。工芸品みたいに。
わたしはちょうどでっかくて雑な(笑)絵を描いてる最中なので、ああやっぱり丁寧に描かなきゃいかんな~、とつくづく思った。
越谷に通う回数をできるだけ増やそう。お店が終わったら撤去されてしまう壁画でも、どんな仕事でもちゃんと描かねばいかん。お金じゃなくて、プライドの問題だ。。。

そのあと英会話教室へ。今日でやっと50回目(1年で100回のコース)。最初の予定より2ヶ月以上遅れてるけど、もういっぱいいっぱい。
それでも一回が3時間だから、予習復習も入れるとけっこうな時間勉強してる。
そのわりには、ほんとにわたしは覚えるのがゆっくりだ。
でも最近はようやくビビらずにあいさつくらいならできるようになってきた。その日のコンディションにもよるんだけど。来年もう一年通えば話せるようになるような気がする。

参詣曼荼羅

今月は、仕事で鍋焼きうどんの絵と、もんじゃ焼きの絵を描いた。
いま描いてるのは富士宮焼きそばがテーマ。。。B級イラストレーターっす!
「なんでもいいんで岩清水ワールドでお願いします」と言われたんだけど、(焼きそばそのものを描かなくてもいいらしい…)富士宮焼きそばって食べたことないし、それはつまり岩清水ワールド圏外ってことなんじゃないかな…。(東京にもいくつかお店があるみたいだから近いうちに食べたいけど)

などと思いつつ、いろいろ調べてるうちに、富士山本宮浅間大社にある、狩野元信?作の「富士参詣曼荼羅」に行き当たった。この図柄が、わたしがイメージしてた構図にすごく似ていたので、興奮してさらに調べたら、参詣曼荼羅というジャンルがあるらしい。
富士山の他にもいろんな山やお寺のものがあって、構図もだいたい同じ。
日本の曼荼羅っておごそかな感じのものが多い気がするのだけど、参詣曼荼羅は、生き生きしていて、とくに、月と太陽の表現が面白い。

狩野元信の作品はさすがに高級な感じがするけど、チベットあたりの絵みたいな素朴な雰囲気のものもある。ゴーギャンの「我々はどこから来たのか…」みたいな要素のある絵もあった。共通するのは、いろんな情報が描き込まれた、地図みたいになってるとこ。
こういうのを見た昔の人は、富士講や、お寺の参拝に行きたいと思っただろうな。夢の国みたいだもの。わたしも富士山に登りたくなっちゃいそうだ。
いいなあ。。。画集とかあったら欲しいなあ。

コレクター

きょうは、アート・コレクターのTさんのコレクションの展示を見に行った。
そもそも、わたしは他の人の絵の価値があまりよくわからないし、絵を買うよろこびも正直言って理解できないのだけど、買うことの先には、集めるよろこびがあるのだなあ。なるほど。。。
さらに、集めたものをみんなに見せたい人と、こっそりしまいこみたい人がいる。
わたしは、何かを集めるという趣味も全くないので、やっぱりわからない世界だけど。
でもなんだかとても楽しそうだった。

コレクターの世界では40代でも若手だそうだ(まあそうかも)。しかし世の中には、生まれついてのコレクターという人もいるのだ。
Tさんは、デザインフェスタとかにも毎回足を運ばれるそうで、そこで安く購入した絵の作家さんが、今では超売れっ子になってたりするんだそうだ。
あのデザフェスの混沌の中からいいものを見つけ出すってすごいことだと思うんだけど、わかる人にはいとも簡単に見わけられるものなのかもなー。

謎のデザイナー 小林かいちの世界展

きょうは、ニューオータニ美術館「謎のデザイナー 小林かいちの世界展」へ。
最近になって注目されたそうだけど、大正~昭和初期に京都で活躍した図案家。封筒とか、絵はがきのデザインをたくさん手がけたらしい。
でもそれは10年間くらいで、その後は友禅の図案をしていたという。
そんな、経歴もはっきりわからない人が再評価されてるってすごいことだ。

かいちの作品は、アール・ヌーボー調で、ちょっとエルテ風のものもある。
金色・銀色の使い方と、薄紫のグラデーションの美しさが印象的だった。
一枚一枚を単品で見ると、絵としての完成度は高くないが、たくさん並んでるのをみると、なんともいえない情緒があるし、素朴な木版の印刷が味わい深くて、とにかくセンスがいい。

人物の顔はほとんど描き込まれてないし、手の描き方なんかも少し適当だけど、たぶん仕事が速くて、ものすごく大量にデザインしてたんだと思う。
これは絵はがきなので、買った人が上に文章を書き込んで使うには、このくらいスキのあるくらいが、邪魔にならなくてちょうど良いのかも。
世相に敏感に反応して流行を自由自在に取り入れたり、図案家に徹してるなあ、仕事人だなあ~、って感じだった。

意外だったのは、この絵ハガキを使ってたのは主に女学生だったということ。
昔の女学生、大人っぽいな!うーん、たしかに嘆美的なんだけど、少女趣味とはちょっと違うような?いや、同じなのかな?よくわからないな。
これを今このまま真似すると、関西マダム風味になっちゃう気もする。
本物は素敵なのだけど。。。

絵ハガキって、絵をかく人はみんなわりと気軽に作るし、名刺代わりに使ったり、展示のついでに販売したりしてるけど、元々、一般に広まったのは、日露戦争の時に、戦地の兵隊さんと手紙をやりとりするために使われて、大流行したのがきっかけだそう。
ハガキひとつとっても、歴史とか政治とか、関係してたりするのだな。

だめんず・ゴーギャン

きょうは昼過ぎに友人Kと待ち合わせて、うな丼を食べてから、国立近代美術館「ゴーギャン展」へ。入場の行列ができてるかと覚悟してたのだが、全くそんなことはなく、館内に入ると絵の前に人だかりができてたけど、絵の点数自体が少なかった。

ゴーギャンは34歳のときに画家になる決意をしたそうな。
遅いスタートだって説明書きがあった。まあ、遅いっちゃ遅いか。

で、妻子を捨てた上に、モデルの女の子を妊娠させたままタヒチに行っちゃう。
ゴッホが耳を切っちゃったのだって、ただゴッホの気が狂ったんじゃなくて、どうしても切らずにいられなくなるような酷いことしたんだろう、ゴーギャン…。

絵は、どれもギラギラした生命感にあふれている。でもものすごく暗い。
あんなに強い色彩を使う人なのに、印象に残るのは暗闇の黒だ。

「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」の絵、ずっと見てみたいと思っていたのだが、実際に絵の前に立ってみたら、さほど心を動かされなかったので、拍子抜けしてしまった。迫力はあるし、気合いは伝わるんだけど、なんだか理屈っぽくって。

この絵を描いたときにすでに健康を害していて、本人が、もうこれ以上のものは描けないと言ったらしいが、最後の部屋に展示されていた、最晩年の絵が一番いいと思った。
たしかに、元気な時に比べて人物の影が薄いし、構図も計算されてないけど、肩の力がぬけていて、背景の木々の描写がやわらかで、素敵だった。

でもやっとタヒチになじんだのかと思ったら、最後はさらに遠い島に行っちゃう。
気狂いになることも、自殺することもできない人だったんだろう。

見終わったあと、友人Kと、二階のカフェの木陰のテラス席で、ぼーっとお茶。

「ありゃあ…ダメ男だね。」「最低だね。」
「ゴーギャンの絵は、うな丼と同じ種類のものだったね。」
「“わたしは”じゃなくて“我々は”どこから来たのかだよ。」
「わたしらも、どこから来たのやら。」
「どこへ行くのやら。」

などと言いあった。

夕飯は、新宿「ハレルヤ」で韓国料理。よしながふみの漫画に出てくるお店。そりゃもう、鉄板で美味しいでしょー。
ううー、また食べすぎたー。