大豆ごはん

最近、ごはんを炊くときに大豆を入れるのにはまっている。
前の晩から大豆を水につけておいたりする必要はなくて、お米を研いだ後、一緒に30分くらい水を吸わせるだけなので簡単だ。
(お米3:大豆1くらいで、水加減はお米だけのときよりやや少なめ)

少し豆が固いのでお腹が弱い人には向いてなさそうだし、誰にでも勧められるかというとあんまり自信がないけど、わたしはこの歯ごたえが好きだし、味付けしなくても甘くて美味しいと思う。

で、この大豆ごはんに、納豆をかけて食べるのはもっと好きだ。
大豆on大豆である。合わないわけがない。
納豆についた納豆菌たちが、新たなゆで大豆に出会ったところで、あえなくわたしに食べられてしまうという、ひそかな踊り食いの楽しみもある。(なんか変態的だけど。。。)

できれば大粒の納豆のほうが、いろんな歯ごたえが楽しめて良い気がする。

The Other Side of the Window

門前仲町にあるすてきな空間、ギャラリィ無有斎星舟庭ライブ。
阿部尊美さん個展「The Other Side of the Window」の作品に囲まれて演奏しました。

思いがけずたくさんの方々にあたたかく見守っていただき、た・た・た・たのしかった〜〜〜〜!!!

演奏後、もう少しゆっくりみなさんとお話したかったけど、大鹿さんと原田さんは用事があったので残念だった。

演奏した曲目リスト

人生相談は真夜中のバーで

「人生相談は真夜中のバーで」(蒼井上鷹さん著、PHP文芸文庫)発売になっています。
web連載時、単行本でも使っていただいたイラストですが、今回は背景を写真と合成して、大人っぽい感じのカバーに仕上げていただきました。
こんなにいろいろな形で生かしていただくことができて、本当に幸せな絵です。

人生相談は真夜中のバーで (PHP文芸文庫)

どんぐりハイツ

ひっこしました の絵を描きました。
ほんとは3階はないです。というか引っ越したのもほんとは8月です。

…引っ越してたったの3ヶ月で、8年使った前の電話番号を忘れてしまった。

成田山

両親と一緒に成田山に遊びに行った。わたしは千葉育ちなのに初めてだった。
お寺に続く長〜い参道は、いろんなお店があって、でもわりと素朴で、道ばたでうなぎをさばいてたり(お寺の目の前なのにいいのかな?笑)佃煮売ってたり。とても楽しかった。

お寺の敷地や庭園もものすごく広くて、江戸時代にはまさにアミューズメント・パークみたいな感じだったんだろうな。江戸の職人や遊女たちの願掛けの額などをみるのも興味深かったし、特大の肉筆浮世絵もたくさんあって見応えがあったし、さすが歌舞伎とのつながりが深い成田山。

お寺の入り口のすぐ前にある、うなぎ屋さん「駿河屋」でお昼。
ほんっっっっとに美味しかった。。。夢みたいだった。。。
そして、ほんっっっっっとにお腹いっぱいになった。

なごみの米屋のお菓子は、千葉ではあちこちに支店があるけど、わたしは今まであまり買ったことがなかった。でも直営店には見たことない種類のお菓子がたくさんあって、どれも美味しかった。羊羹の展示室があって、日本全国から羊羹の資料が集められてたのにもなんかすごい気合いを感じた。

 

発見

わたしの愛用してる小さい方のキャリーバッグの車輪の幅は、歩道の黄色い線の溝とピッタリなので、線路みたいにして引っ張るとすごく速く走れることを発見しました。

怪ダレ10

怪異伝説ダレカラキイタ?シリーズ10巻「霊界の宿題」発売になってます。
今回は、10冊め記念で、真っ赤なカバーです。

カバーの絵を描くのも神経使いますが、それよりも、いつも一番描くのがしんどいのは見返しの絵です。

怪ダレの場合、最初と最後の見返しが違う絵(朝と夜)になっていて、同じ構図でもこまかくあちこち変えているし、そもそもサイズが大きいのでかなり気合いがいります。
なのでつい後回しになって、たくさんの挿絵やら表紙やらぜんぶ描き終えて、ヘトヘトになってから描くのでよけい大変です。


でも見返しなので、三分の一はカバーに隠れてしまうし、図書館でフィルムコーティングされると永遠に見えなくなってしまいます。

まあそれは仕方ないことなのですが、、、
前に旅先の図書館で、見返しが隠れないようにうまいこと工夫してフィルムがけをして下さってたのを発見したときは、すごく嬉しかったなあ。(司書さんありがとうございます)

ギックリ

ぬぬぬ認めたくないが、これはやはりギックリ腰か、、、ッ

きのう葛西臨海公園に遊びに行き、さんざん遊んで、帰りの電車で最寄り駅について、さ、荷物を持とうかな、とかがんだ瞬間ガツンときた。
とりあえず電車からは降りられたしどうにか家までたどり着いたけど、、、。

ご先祖?

むかし洞窟に壁画とか描いてた人たちは、昼でも暗い場所だから焚き火とかたいまつの灯りをたよりに作業してたのだろう。
だとすれば昼でも夜でも関係なく描けるってことだから、たぶん原始時代にも体内時計が壊れてた人はいたんだろうなー。。。
超隔世遺伝?