月別アーカイブ: 2019年11月

翔んで埼玉なべ

毎年恒例の、高校同級生との鍋会。
ついでに「翔んで埼玉」の鑑賞会をしようという話になったけど、うちにはテレビがないので、今年はTちゃん宅で。
東京を挟んで埼玉県民と千葉県民が抗争する、みたいな内容の映画なので、現在東京、埼玉、千葉に住んでるみんなで集まって観たいねと言っていた。
しかし先月の台風の後始末で毎週実家に通っている友人たちは不参加。都民と千葉県民だけになってしまった。
ぶっとんだおバカ映画で、千葉県民あるあるネタもたくさんあり、ワイワイ喋りながら楽しく観られた。
でもやっぱり埼玉県民と一緒に観たかったな。

Tちゃんの部屋に、わたしが20年前に描いた絵ハガキが置いてあった。
当時札幌に住んでたTちゃん宅に泊まってスキーに行ったときの図。あれからずっと冷蔵庫に飾ってくれてたらしい。。。
まだイラストレーターになろうとか思ってなかった頃の絵で、たしかPCを使わず、手描き+コンビニのカラーコピー機を駆使(色ごとに版をわけて多色刷り)して描いてたはず。(当時のコピー機には単色カラーコピーという機能があった。今でもあるのか知らないけど)
今とはまったく違う描き方だし、粗い部分もあるけど、けっこうよく描けてる。

お歳暮

信州土産を持って、ちょこっと帰省。
ついでにヨドバシに寄って小型のセラミックヒーターを買い、お歳暮だといって両親に渡した。
スイッチを入れるとすぐ温風が出るので、トイレとか洗面所に置いたらいいかなと。寒い季節、高齢者はトイレで倒れたりするらしいし。。。
両親は物欲がないのか、プレゼントしても張り合いがなく、今までは何かをあげたりすることはほとんどなかったのだけど、これはすんなり受け取ってもらえた。

諏訪大社

昨夜は雨だったがきれいに晴れた。
諏訪大社に行ってみようとコミュニティバスに乗ると、隣に座っていたおばあさん(元学校の先生)が話しかけてきて、湖のことや町のことをいろいろ教えてくれた。今年はとても暖かく、おかげで紅葉がまだ残っているのだそうだ。
偶然出会った人とおしゃべりするのが、一人旅のいちばんの醍醐味だ。
おばあさんが降りた後、どこで降りればいいのかバスの運転手さんに聞いてみた。
よく知らなかったんだけど、諏訪大社は上諏訪に2箇所、下諏訪に2箇所もあるんだそうで、このコミュニティバスで行けるのは「上社本宮」。少し離れたところにある「上社前宮」に行くには、本宮から少し歩かなくてはいけない。せっかくなら両方行きたいと言うと、効率のいい歩き方や帰りのバスの時間まで、丁寧に教えてくれた。

本宮の前でバスを降り、まず前宮へ歩く。ちょっと離れているけど場所はわかりやすかった。とても素朴なところで、お宮への坂の両脇には畑や民家が点在していて、どこまでが神社の敷地なのかよくわからない感じだった。
お宮はなんとも言えない清らかな雰囲気で、売店などもなく、今にも自然に還ってしまいそうな不思議な場所だった。パワースポットってほんとにあるんだなと思った。建物のまわりには御柱が立てられていて、その間をちょろちょろと湧水が流れていた。裏山に小さな社があったが、その周りにも小さな柱が立てられていた。

遊歩道を歩いていくと住宅地に出た。信州の秋の風景は、原田泰治の世界そのものだった。写真だと見づらいけど、柿の木には真っ赤な実がなっていた。

本宮は前宮より豪華で見所が多い凝った建物だった。短い参道があって、道端にいくつかお土産屋さんもあり、少し人間的な感じがした。お腹が空いて、お焼きの蒸したのを二つ買って食べた(焼いたもののほうが好きだけど、蒸したのも悪くない)。

バス停に戻り、居合わせた観光客の夫婦とバスのルートについて話していると、またコミュニティバスがきた。
なんと、今朝と同じ運転手さんだった。市民が利用するバスなので、さっきはふつうに運転していたのだけど、今度は観光客が多めということで、なんとなんと、街の見所をいろいろガイドしてくれた(もしかしたら元バスガイドさんなのだろうか?)。八ヶ岳の山の名前、富士山とアルプスが同時に見えるスポット、御柱祭のことなどなど。。。おかげさまでとても楽しい時間を過ごせた。
上諏訪駅前のホームには足湯があった。たくさん歩いて足がパンパンだったので最高に気持ち良かった。

一駅戻って下諏訪に着くと、まずレンタサイクル(電動でよかった!)を借りて、「下社秋宮」に向かった。上社には無かった、極太のしめ縄に目を奪われた。前の横浜トリエンナーレで見た、超巨大なしめ縄風の作品を思い出した。
そこから「下社春宮」に向かう途中に立ち寄った「慈雲寺」も素敵だった。木々と、ふかふかの苔で、緑一色のしっとりした空間だった。

秋宮と春宮は似ている気がした。春宮の近くにある「万治の石仏」は、なんともいえない不思議な雰囲気があり、見ることができて良かった。

それから御柱祭の資料館「おんばしら館 よいさ」にあまり期待せずにふらりと入った。御柱祭は亡くなる方も出るというし、怖いイメージがあったんだけど、係の方が熱心に説明してくれたおかげで、いつか本物を見てみたいと思った。
 
ひととおり見終わるともう夕方で、平日のせいかすでに店じまいしているところが多く、食事できそうな店は見つけられなかった。お土産屋さんは営業していたけど、ザ・観光地の土産という感じの物ばかりでピンとこなかった(こじゃれたものは松本で買うべきだった)。いろんな蔵の日本酒の利き酒セットとか欲しかったが、そういうのはなかった(ホテルの売店とかにならあったのかなあ)。
仕方ないのでスーパーでお蕎麦や野沢菜やカップ酒などを買い込んだ。テルコさんちの近くのスーパーには、いかにも信州らしい美味しそうなものがいろいろ売ってたんだけど、ここのスーパーは小さくて品揃えが少なかった。たぶん大きなスーパーは駅の近くじゃなくて車でしか行けないような場所にあるんだろう。
自転車を返して駅に戻り、キヨスクで日本酒の小瓶を買ったら、おツマミもどうですかとすすめられた。いや電車で飲むんじゃなくて、お土産用なんだけどなー。。。
 
下諏訪からは高速バスもあったけど、中央線の各駅停車で帰ることにした。最初のうちたくさん乗っていた人がだんだん減っていき、貸切状態になったのを見計らって、買っておいた長野名物・牛乳パンを食べた。その後またお客さんが増えたので絶妙なタイミングだった。
真っ暗の中、知らない駅ばかりの知らない電車にぽつんとひとりで乗っているのはなんとなく楽しい。
大月で乗り換えると、そこから先はふつうの中央線になってしまい、旅行気分はおしまいになった。

湖めぐり

まだ暗いうちに早起きして、テルコさんと「裏山」に登った。裏山というから歩いて登るのかと思ったら車で、坂道をぐるぐると登っていくのでけっこうな距離だった。しかし、雲も下に見えるほどの高さまで登ってみれば、たしかにそこはまさに裏山としか言いようがない、お家の真裏の位置だった。もう少し寒くなったら雪で来られなくなってしまうらしい。

ハンググライダーが飛び立つためのぽっかり開けた場所があって、そこから日の出を眺めた。日の出より先に空が少し明るくなって、湖の反対側の山のかげから日が登ってくる。なんとも言えない空の色。太陽は赤く小さく可憐に見えた。木崎湖の上に小さな雲が浮かんでいるのも可愛らしかった。

背後には白樺の林と、うっすら雪をかぶった北アルプスがオレンジ色に輝いていた。
裏山を降り、木崎湖と並んで仁科三湖と呼ばれる、中綱湖(コンパクトで、紅葉が見事)と青木湖(大きくて、開けた感じ)を巡った。テルコさん曰く、それぞれの湖の周りに住む人々は、みんな自分のところの湖が一番いいと思っているのだそうな。

コンビニでパンとスープを買い、木崎湖のほとりのキャンプ場で朝食。ここのベンチはテルコさんのパートナー氏の手作りだそう。

お家に戻ると、パートナー氏は冬に備えてヤギ小屋を作っていた。小屋といっても立派な建物で、二階部分に斜面から板を渡してあり、そこをヤギが行ったり来たりしていた。まるで絵本の世界。春になったらヤギのお乳でチーズ作りに挑戦するんだそうだ。庭には木のブランコもあるし、アルプスのハイジとペーターみたいな暮らしだなと思った。

家の周りには他にもいろんなものがあって、畑には食用ほおずき、野沢菜などあまり馴染みのない作物も植えてあった。大きなトランポリンや一輪車まであった。
近所のおばあさんから電話があって、漬物用の大根をもらいに行った。その家には漬物専用の小屋があり、テルコさんは漬け方を教えてもらっていた。高齢化が進み、人口がどんどん減っているそうだけど、とても豊かで、移住者に親切な土地柄のようだ。
ふたりはこの場所とここの人たちが本当に好きで、ずっと住む覚悟を決めていた。そこまで土地を好きになるという感覚がわたしにはよくわからないけど、幸せを見つけたんだなあ、よかったなあと思った。

朝が早いと一日が長い。昼頃にはてくてく歩いて最寄の無人駅に向かった。電車の時間を確認して早めに着いたのだが、駅についたとたん、電車がホームにやってきた。おかしいな?と思いながら乗り込むと、逆の下り方向に動き出してびっくりした。2時間に1本あるかないかだというのに、まさか数分違いで反対向きの電車が来るとは思わんかった。
困って運転士さんにどうしたらいいか聞いてみたら、次の駅でもともと乗るつもりだった上り電車に乗り換えできると教えてくれた。お礼もそこそこに大急ぎで降りて反対側のホームにダッシュすると、すぐに電車がきた。危なかった。
 
そこからは居眠りしたり、乗り換えの松本駅で買ったお焼きをかじったり、スマホで今晩泊まる宿の予約をしたりしながら、しばらくのんびり電車に揺られた。
上諏訪駅で降り、観光案内所でもらった地図を手に目的もなく歩き出すと、すれ違った人たちが「酒蔵に行くならそこの信号を渡って云々」と親切に教えてくれたので、とりあえず酒蔵の並ぶ通りをぶらぶら歩き、ぐるりと回って諏訪湖の方へ。

諏訪湖はきょう行ったどの湖より大きく広々としていて、きれいに整備されていた。湖畔の公園には鴨の群れがいた(鳩かと思ったら違った)。
高速バスで関西方面に行く時、いつもトイレ休憩に立ち寄るのが諏訪湖サービスエリアで、そこから諏訪湖を眺めるのが好きだった。小学校の頃よく見ていた教育テレビの番組「たんけんぼくのまち」の舞台が諏訪市だったのもあり、なんとなく親しみがあった。
駅前に戻り、開いていた店を見つけて夕食を食べ(微妙)、スーパーで翌朝食べるパンとお茶を買った。

泊まったのは古い民宿で、個室は超狭かったけど、館内はきれいで趣があった。お風呂は一人しか入れないサイズだったけどちゃんと温泉で、熱くて気持ち良かった。

るるる★られる

始発に乗って新宿に行き、高速バスで松本へ。バスタ新宿は初めて(前に松本に行った時は西新宿発だった)。きれいだし乗り場がわかりやすくなった。
松本はさすがにピリリと寒い。さっそく松本市美術館に行き草間彌生の展示を見た。ここは草間の出身地。美術館の前には大きな彫刻があり、外壁から自動販売機にまで例の水玉模様が張り巡らされて、徹底してるなあと思った。

お昼は、前回感動したお蕎麦屋さん「みよ田」に行き、名物「とうじそば」をいただいた。鍋物のだしにお蕎麦をさっとくぐらせて食べる。その「さっ」とのかげんがよくわからず戸惑う。お蕎麦はめんつゆで食べるのに慣れているので、前に食べた「ごま汁せいろ」のほうが好みだったかも。

原田さん、大鹿さんと、ダンサーの新井さん、板坂さん、造形作家のドゥイさんのカンパニーの公演『るるる★られる』の数年ぶりの再演を見るのが今回の目的。
松本から大糸線で二駅のところにある、音楽文化ホールへ向かった。
春に、大糸線沿線にある木崎湖のほとりに移住してきたばかりのテルコさんとロビーでまちあわせて、一緒に観た。
子供向けの公演だけど、大人が見ても面白い。新井さんが会場中の子供の心をつかんでいくのは見事だった。最後のほう、大鹿さんが大量の鈴をばらまくシーンではなぜか涙が出そうになったし、大きなビニール袋が客席の上をふわふわ舞う情景に心の底からワクワクした。終演後のロビーでのお見送りは、子供達も参加して大盛り上がりだった。
これきりなんてもったいない。もっとあちこちの劇場を回って、たくさんの子供に見て欲しい。というか甥っ子と姪っ子に見せたいので東京で公演してほしいと思う。

楽屋で出演者に挨拶したあと、テルコさんの運転で、テルコさんとパートナー氏の暮らすお家に連れて行ってもらった(想像してたより遠かったけど、これくらいの距離は近所という感覚らしい)。山あいなので、平地よりもさらに日が短く、着いた時にはもう真っ暗で湖は見えなかった。
しかしお家が、まぁとにかく素敵すぎた。

静かでゆったりしたお部屋のど真ん中に、北欧から取り寄せたという大きなペチカ(!)があり、薪があかあかと燃え、猫たちがのんびりとねそべっていた。二階の各部屋にはランタンが灯り、本がどっさり、壁にはさりげなく絵が飾られていて、いつでもハンモックに乗ってゆらゆらできた。いたるところにカメムシがいたので、虫が苦手な人はダメだろうけど。
おでんをつつきながら、いろいろおしゃべりした。パートナー氏とは初めて会ったけど、スッと自然に深い話をできる人だった。テルコさんのことを「とても大きな人だ」と言っていた。わたしもそう思うのでとても嬉しい。

粘土作り

土器作り同好会の粘土作り当番だった。
いちばん最初に土器作り講座に参加した時に、自分の使うぶんだけ手作業で粘土作りをしたけど、今回は同好会のみんなが使う粘土をまとめて土練機を使って練る。
ベテランの方たちが、土の配合やら機械の操作やら熟練を要する作業は全部やってくれるので、材料を運んだり、できた粘土を計量して袋詰めするお手伝いをした。
今回は量が少なめだったというが、それでもけっこうな量で、機械を使っても大変な重労働。粘土がほんとに貴重なものなんだということがわかる。

頬杖土偶

久しぶりに土器作り同好会に顔を出すと、ちょうど、博物館所蔵の土偶のレプリカを借りてきて観察しながら模作する日だった。
ふだんは写真や資料を見ての制作が多いので、貴重な機会だ。
モデルは縄文のビーナス、縄文の女神、合掌土偶など、超有名な土偶ばかり。わたしは土偶を作るのは初めてなので、一番小さな「頬杖土偶」を作ることにした。
でも小さいから簡単というわけでもなく、腕や手のひらがぐにゃぐにゃとへんなところに付いていて、どうなってるんだか、よくわからない。
付け根のところとかひっくり返してじっくり見たいけど、レプリカとはいえ大事に扱わなくてはいけないし、他の参加者との兼ね合いもあって、なかなか思うようにいかず、ちょっともどかしかった。

ビオ冬じたく

ずいぶん寒くなり、メダカたちはもうほとんど餌を食べない。
防寒のため、ベランダのたらいの周りに、発泡スチロールの板で囲いをつくった。
小水槽のメダカはまだ小さくて、屋外で越冬させたくないので、一回り大きな水槽に移して室内に置くことにした。
そしたら、抹茶みたいに濃かったグリーンウォーターが、あっという間に透明になってしまった。