「dreaming」展、搬出

今日「dreaming」展、終わりました。
期間中、おいでくださったみなさま、お会いできた方もお会いできなかった方も、ほんとにほんとにありがとうございました。

現在、猛反省中です。
恥ずかしさを通り越して怒りを感じている段階で、まだ冷静になれていないのですが、一番強く感じたのは、もっと志を高く持たなきゃいけないということ。
次にどう進むか、よく考えたいと思います。

次回の展示は、今月24~29日、ギャラリー・ダズルさんでの「Viva ITALIA!」展です。そちらもどうぞよろしくお願いいたします。イタリアかあ~。どうしよう…。

考えなきゃならないこと

2時すぎからオーパギャラリーに行く。
わたしの作品がチョイスで入選したのはもう6年も前なのだが、いまだに覚えてくださってる人が多くて、驚いてしまう。

わたしは、ふだん、出力はデザイナーさんにおまかせだけど、こうして展示する以上、印刷や用紙にももっとこだわらなきゃだめだな。そういうことに無頓着すぎるなあ、わたしは。
でも、アドバイスをもらったら、気づいて変えていくこともできる。

内心、絵自体の本質的な力はプリントではそんなに変わらないという気もするけど、プリントにも手を抜かないような気合いがあるとないとでは、結果が大きく変わってくるのだということもわかる。そういうとこでポイントを失うのはもったいない。

とにかく、わたしはぼんやりしていて、あまりにも知識がなさすぎるので、もっと上質なものをたくさん見て、いろんな人にいろんなことを教えてもらって、そしてよく考えよう。
同時に、自分の作品にもっとしっかり自信をもてるようになりたい。

大学時代のサークルの友人たちと食事したあと、来月末のイベントの下見&打ち合わせのため、竹芝の会場へ。
竹芝っていうからもっとピカピカした今風のお店を想像してたら、レトロでゴージャスで、ありし日の六本木「将軍」を思い出す感じだった。
場所に特徴がありすぎて、うまく使うのはけっこう難しいかも。
今回は、主催のかたがすごくパワフルなので、参加してみることにしたのだが、まだ、いろんなことが未知数な感じ。良いほうに転ぶといいなあー。

今のところ作家は35名ほど。絵画、イラスト、写真、彫刻などいろんな分野から。他にダンスとかパフォーマンス、DJとかも入るらしい。
わたしは、また立体やるよー!
とにかく、会場でみなさんにお会いするのが楽しみ。

しかし、今年はもっと引きこもって暮らすつもりだったのだが…。いったいどうなっているんだろう??

あたらしい椅子

「通販生活」で注文していた、デスクワーク用の椅子が届いた。
萩尾望都・庄司陽子・里中満智子さんが紹介していたので、まんまと乗せられてしまったのだった。
萩尾先生とおそろいのオレンジ色にしてみた!

明けない夜はない

延び延びになっていた、朱川湊人さんの「オルゴォル」の挿絵の連載が、7/1からスタートすることになりました。鳥取の「日本海新聞」さんと「大阪日日新聞」さんに掲載されます。
鳥取と大阪のみなさま、どうぞよろしくお願いします。

「dreaming」展は、昨日からどうにかはじまりました。
いやあ、ほんとにもう、はじまらないかと思った。。。はー。。。
月曜か火曜に(←曜日の感覚がなくなってた)首を寝違えて、それが肩こりとごっちゃになって、たいへんつらかったのだけど、オープニングパーティから帰宅して、バッタリ倒れて、16時間くらい眠ったらスッキリ治ってた。睡眠って大事だなあ。

『dreaming』~夢みるとき~ 展、在廊日について

今週の金曜日から、また展示がはじまります。いつもの、オーパ・ギャラリーさんで、来週の水曜までです。5人展でスペースを広く使えるので、今回はいつもより多く、5作品出展します。

オーナーさんからのお題が「dreaming」という乙女なテーマだったのと、先日K先生に「少女の夢を忘れないように」とのお言葉をいただいたこともあり、だいたいそんなようなイラストを、今、例によっておおあわてで描いています。
夢ってなに?少女ってなに?といろいろ考えたのですが、それについてはまたこんど書きたいと思います。

で、在廊予定なのですが、オープニングの日(6日)は3時くらいから最後までギャラリーにいます。10日は2時くらいから夕方までいるつもりです。それから、最終日は、搬出もあるので、夕方くらいに行きます。他にも土日のどちらかに、できれば顔出ししたいと思っています。
もしご連絡いただければなるべくその時間にいられるように調整します。
変更があったらまたこのブログでお知らせします。

ではでは、ぜひ遊びにいらしてください!

『dreaming』~夢みるとき~ (表参道、オーパ・ギャラリー)。
6月6日(金)~11日(水)11:00~19:00(最終日17:00まで)

海苔弁

忙しいときは、海苔弁など簡単なものを作り置きしておくのだが、たくさんあると、つい食べすぎてしまうのは困ったものだ。

雨ふり

きょうは大鹿さんのお絵描き教室。
晴れたら不忍池でスケッチ大会の予定だったのに、あいにくの雨。でも、室内でスケッチしたり、お弁当食べたり、こども図書館に行ったり、いつもよりにぎやかで楽しかった。

プリントゴッコ販売終了

プリントゴッコ本体が6月で販売終了だって!
しばらくはインクとか消耗品の販売は続けられるらしいけど、これは…、大激震だな…。
諸行無常というかなんというか…。
一つの画材がなくなってしまうということは、おそろしいことだ。
わたしは今はほとんど使ってないけど、ほんとに面白い画材だったのに!
プリントゴッコって大きいのでもB5までだったから、せめてA3くらいまで作れるともっといろんな使いみちがあったのだけど。
でも、今のうちにインクとか買いだめしておこうかな…

予想外

きょうは小説の挿絵の仕事でアメリカの大統領選の絵を描いた。
まったく、予想できないような、いろんな注文があるものだ。ゲラ読んだときはあたまを抱えたが、でもどうにかまとめられた気がする。
自分で守備範囲を決めちゃいけないなとつくづく思う。

ME AND MY GIRL

きょうは、編集者Aさんと、宝塚月組「ME AND MY GIRL」を観に行った。
さすがに、ちょっと古めかしいというか予定調和な感じもしたが、何度も再演されてるだけあって非常に良くできていた。とくに、ヒロインがちゃんと活躍するのが良いと思う。

わたしはけっこうぽかんと見ていたが、観終わった後に、Aさんが、どこがどう良くできているかとか、物語の構造についてだとか、主人公のカップルがしつこいくらいにくりかえし愛を語る場面が出てくるのが、観客にアピールするのにいかに有効であるかなど、くわしく解説してくれた。
な、なるほど。いかにわたしが大づかみな直感だけで芝居を観ているかよくわかった。
でも、良くできた作品は、勘だけの人でも、通の人でも、宝塚ファンでも、ファンじゃなくても、みんな楽しめるものなのだ。

宝塚の男役は、女性が理想の男性を演じるから現実よりカッコイイのだと言われる。
そうなのかもしれないが、個人的にはさほど男役にはグッとこない。娘役にもべつに。
男役とか娘役とかいうのは、ひとりひとりの女性の中に多かれ少なかれ存在する、男性的な部分と女性的な部分に人格を与えて極端に表現している、とも読めると思う。(男性的とか女性的とかいうのは、なんというか便宜的な言い方ではあるが)

主体的で行動力があってトップスターに駆け上がっていくカッコイイ女性と、きゃしゃで可憐で受け身だけどやさしい永遠の少女的な女性と、両立することはなかなか出来ないが、どっちも、自分があんなふうだったらいいのになあ、と思ってしまう代表的なプロトタイプだ。(セクシー美女の役はしばしば男役が担当するのも興味深い)
現実にはあそこまで男らしい女性にも娘らしい女性にもちょっとお目にかかれないし、どっかでバランスをとっていかなきゃならない、そのさじ加減が難しいのだ。

ほぼ必ず主役カップルが結ばれるのは、愛こそすべてとかなんとかいうだけじゃなく、女性の中の自己矛盾の統合を無意識的に象徴してるからと考えられなくもないのでは。
まあふつうは、難しく考えずに単に男役カッコイイーと言ってりゃいいとは思うけど。

あと、男役にしろ娘役にしろ、いわゆる男ウケやらモテという視点を超越している。
女子アナとかスチュワーデスには宝塚ファンが多いそうだ。これは推測だけど、日ごろ他人の視線を意識してればしてる人ほど、観客がほとんど女性ばかりの、あの劇場に行ったときの開放感も大きいのかも。

同期会

きょうは、大学時代に入ってた美術サークル「パレットクラブ」(同名のイラスト学校があるが、それとはまったく別の、伝統あるサークルで、どのくらい伝統があるかというと、最初の顧問があの福沢先生だったとかいう話)の同期たちと表参道のしゃれたお蕎麦屋さんでランチ。

わたしは1年だけでやめてしまったので、みんなと会うのはじつに12年ぶりくらい。
他の人たちも卒業以来ほとんど会ってなかったらしく、当然よく覚えていないし、共通の話題もない。かといって思い出話をするでもなく、あたりさわりのない話をして、大人9名+子供2名でダラダラと、けっこう楽しく過ごした。

でも、そうだった、もともとこんなようなサークルだったのだ。みんなヒマなくせに、ほとんど絵なんか描かなかったし、なんか議論したりとかそんなことももちろんなく、ただ集まってぼーっとしていた。絵ってひとりで描くものだからなのか、まとまりというものがまったくなかった。

それでもなぜか妙にキラキラした印象が残ってるけど…。
その後、同期のうち3人が絵描きになり、他にも、今でも絵を描いてる人も多いようだ。
今、こうして集まれるというのは、だいぶ大人になったんだなあという感じがする。
こういう未来は想像もしてなかったなあ。

支持体

このところ、絵の具でちょっと大きい絵を描いている。
今回は、木製パネルに綿布をはりつけて、支持体をつくった。けっこう描きやすいのができた。

最初にサイズを決めてしまうと、絵が縮こまるような気がするし、こういうことすると気負いすぎて描けなくなるので、今までは避けていて、いつもは水張りもしないで、画用紙をクリップかなんかで板にとめて描いてた。

でも、日頃からこうしていろいろ実験しておかないと、展示の前におおあわてするハメになるのだ。

生きのびたい

日本人の2割が過去に本気で自殺を考えた、という内閣府の調査の記事を読んだ。
本気じゃなくても考えたことがある人はもっとたくさんいるのだろう。
てことはあれか、今まで一度も自殺を考えたことがない、わたしのような人間のほうが、もしかしたら少数派だったりするのか?(わたしはいつも「昨日のわたし、死んじまえ」って思っている。でも明日のわたしが死ねばいいとは思ったことがない。)

自殺願望を持たずにいられない人は、おそらく心底つらいのだろうが、そんなに多いのだとすれば、この国はもう良くなりようがないのではなかろうか。
最終的には自殺すればいいという考えでいると、他人を批判することはできても、じゃあどうすればいいのかという建設的な意見は出せなくなるだろう。

批判というのは、自分は安全圏にいて、相手が改めるのを待つことだ。それももちろん必要なことだけど、人まかせはほどほどにしておいて、自分ができることをさっさと考えたほうがいいと思う。

わたしは地震が怖い。ほんとうは、環太平洋造山帯から脱出したいけど、もし東京で四川並みの大地震が起きたとしても、絶対に生きのびたい。
そのためにできることならなんだってしたい。
生きる意味なんてわからないし、なんで生きたいのかもわからない。生きのびる価値があるかどうかなんて、知ったことではない。

わたしに取り柄があるとしたら、生きたいという気持ちなのかも知れない。
ただいたずらに不安になったり、政治家に文句を言うよりも、いざとなったときに、どうしたら自分が生き残れるのか考えたい。
最後までジタバタした上で、万策尽きて死ぬんだったらそれはしかたがないけれど。
困ったときに、誰かが助けてくれるはずだなんて、どうして思えるんだろう?

自殺したいにもいろんな理由があるのだろうが、よく言われるように、日本の景気が悪かったり、世界での競争力が落ちてるとしても、勢いのある国があれば勢いのない国もあるのはあたりまえのことで、そんなことで閉塞感を感じたり、やる気をなくすなんてばからしいと思う。

わたしは日本が好きだし、描く絵には明らかに日本の気候風土が影響している。
でも、わたしというひとりの個人は、たまたま日本に生まれてきただけなのだし、国単位で、他の国と比較することで劣等感や優越感を感じたり、一喜一憂したりするのは、あくまでゲームみたいなものであって、ゲームで負けたからって、個人が死ぬ必要はないと思う。

ハリハリ鍋

ベランダの水菜を収穫。
冷凍庫に常備してる油揚げと豚肉を使って、友人Kに教わったハリハリ鍋にした。
鍋って季節じゃないけど。

ゴーヤはまた失敗したし、ベランダ野菜はこれからは水菜オンリーで行こうかな。
簡単にもりもり育つし、おいしいし、近い将来の食糧危機に備えて植えておくといいと思う。

デザイン・フェスタ見物記

きょうは、東京ビッグサイトの、デザイン・フェスタにでかけた。
学園祭みたいなノリなのかなー?と思ってずっと敬遠していたのだが、食わず嫌いは良くないので、今回はじめて見に行ってみた。(と言っても、わたしは母校の学祭にも結局一度も行かずじまいだったので、あれが学祭っぽいのかどうか判断できないのだけど…。)

たしかに、とても規模の大きなイベントだった。
でも、若さのエネルギー爆発!みたいな感じかというとそうでもなく、全体的に、けっこう保守的というか、まったりとして勢いがない印象だった。(作品自体の質だけでなく、プレゼンテーションの方法の問題も大きいと思う)
手芸が8割、オタクが5割、ゴスロリが2割、あと大正ロマン風も多かった。そういうものが、作り手にも見物客にも人気があるってことかー。(オタクは村上隆さんが出た時点で終わってるジャンルだと思う。ああいったものが好きで作っているならしょうがないのだが。)
おびただしい数の出品者だったが、バリエーションは意外に少なくて、奇をてらったような作品でも、わりと似たり寄ったりの傾向だった。

目立っていたのは、コスプレの人たち。
パフォーマンスとかアパレルについてはよくわからないのでそれ以外で、ざっと見た感じ、これは面白いな、と目を引かれたのは10~15組くらい。(仕事にできるレベルの人ということなら他にもたくさんいたが)
まあ、そんなもんか…。

正直言って「わたしだってがんばるぞ!」っていう気分にはならなかったし、逆に「好きを仕事にするのって大変だなー」と暗澹たる気持ちになった。
好きなことをやるのは基本だし、個性は自然に出てくるものだけど、ただ好きなことを好きなようにやってるだけじゃ埋もれてしまうってことだ。
もちろん、仕事になるかどうかだけが基準ではないし、わたしだってえらそうなことが言える分際じゃあないが、人のふり見て我がふり直せって感じで、こっちが猛反省してしまった。
わたしはもう学生には戻りたくない。

そもそもお祭りにケチつけてもしょうがないんだけど、少なくともあれはアートイベントを名乗っちゃいけないのでは…?
大勢参加しているなかにはアートっぽい人もちらほらいたけど、アートって言葉は、軽々しく使っちゃいけないと思う。

じゃあデザインイベントかっていうとどうなんだろう。
あれは手工芸品のフリマだと思う。ほとんどみんななんか小物を販売していたし。
可愛い手芸の見本市って感じで、雑貨屋さんの買い付けとかにはよさそう。
そういうものだと思って行けば、お買い物好きな人はかなり楽しめるだろう。
あとは、おじさんとか、ふだんあまり雑貨屋さんに行かない人も面白がりそうだ。(わたしだって、手芸は好きだし、雑貨も大好きだけど)

純粋なアートイベントだったらあんなにお客は呼べないだろうし、立ち止まってゆっくり見るという雰囲気ではないが、お客さんが多いのはたしかに魅力的ではある。
ああいうのは、ただ見に行くだけより、参加しちゃったほうが楽しいのかもね。