2次元と3次元

わたしの絵はデッサンとかめちゃくちゃだということはよくわかってるけど、2次元で紙に描いていると、それはそういうものとして成立してしまうところがある。

オブジェを作る時にいつも考えるのは、その絵を3次元におこすとどうなるかということ。
しかもわたしの絵は線描で、その線はリアルには存在しないものだから、3次元になった物体に線を描き込むと、そのヘンテコさがすごく際立って、超スリリング。
輪郭の黒い線を立体化したら、本当は、表面は全部真っ黒に塗りつぶさなければいけない。さすがにそれやっちゃうとアートになっちゃうからしないけど。

他の部分の線も不自然なんだけど、描かないと不思議ともの足りなかったりするので、不自然になりすぎないようなギリギリの線をみつけて描いていくという変な作業。
線描ってほんとに不思議で、なんで現実には存在しない「線」で描いたものを、人間は情報として認識できるのか。子どものときから線の絵を見慣れてるおかげなのか。古代の洞窟壁画も線描ということは、人間は最初から線で世界を認識しているということ?

あと陰影。本物の立体なんだから陰影をつける必要はないのに、あえてつけるのが面白い。
人間そっくりなものを作りたいわけじゃないけど、人間として認識できる必要はあり、もともと矛盾したものを、上から下から斜めから見ても矛盾を感じさせないようにして、なによりも可愛らしく作らなければならないんだから、意外に気をつかっている。

ちなみに、2次元の絵を描く前に最初にわたしの頭の中にあるイメージは4次元だと思う。
3次元のものを2次元に落とすときはデッサンが必要になるのかもしれないけど、4次元から2次元にするのならなんでもありなんじゃないかなあ。
で、4次元の自由でふわふわしたイメージを2次元に落とし込んでいくときに、2次元だからこそできる形式や方法を使うことで膨らむ部分もあるし、新しい発見もある。

そうしてできた絵は一つの完成形だけど、逆に拾いきれずに落としてしまうイメージもある。
それが惜しくて、絵には描かないで取っておきたいイメージもある。
でもわたしの頭の中のイメージはわたしにしか見えないから、それを誰かに見せたければ、なんとかいちばんしっくりくる方法を見つけて、頭の中から取り出さないといけないのだ。

ところで、いわゆる2次元キャラ萌えがどうにも気持ち悪い感じがするのは、元の頭のなかのイメージも2次元だからなんじゃないかという仮説をたててみた。
わたしは萌えがないので検証できないんだけど、どうなんでしょうかね。