第2回初台現代音楽祭~現代アートとノイズの夕べ~

「第2回初台現代音楽祭~現代アートとノイズの夕べ~」(初台The DOORS)に行った。
銀座芸術研究所の森下泰輔さんと、灰野敬二さんのノイズミュージックのライブと、60年代の伝説のハプニング軍団「ゼロ次元」の復活パフォーマンス。
先日展示でご一緒させていただいた管間圭子さんのインスタレーションなどもあり。

ノイズの演奏は、ものすごい爆音が永久に続きそうな感じがしていたので、終わったときはびっくりした。よくわからないがバイオリズムがはまるといいのかも。

ハプニングのほうは、裸の人たちと、コスプレの人たちのコラボによるパフォーマンスと、総帥・加藤好弘さんによるアジテーション。どアングラ。。。
わたしなどはうかうかと遊びに行ったのだが、知らないうちに、その場に「結集」したことになってしまったようだった。

小劇場演劇とかときどき見るからそんなに違和感は感じなかったけど、パロディでやってるんじゃなく、真剣なところがすごい。
アートとは時代の流れに乗ることなんだとか、「女性崇拝」とか、よくわからない点やつっこみどころはたくさんあるが、やむにやまれずやってるんだったら、とやかく言ってもしょうがない。

いまだに学生運動の時代の空気や、西欧文明や大阪万博に対する怒りや、岡本太郎と太陽の塔に対する愛憎を、新鮮に持ちつづけているのは恐ろしいことだと思った。
何十年経とうが、ひとりの人間の中では、過去が過去にならないこともあるのだ。

60年代にハプニングをやることが、どの程度衝撃的だったか今となっては想像もつかないし、彼らの活動が一般的にどう受けとめられたかは知る由もないけれど、なんでもありの現代でさえ、たしかに裸の人間が並んでいるのはショッキングではある。

ただ、裸のパフォーマンスはどうもエログロ系で似たようなものになりがちな気がする。
それだけああいうのが好きな人が多いのかしれないが、実は裸ってすごく難しいのでは。
若手のダンサーとかでも白塗り系の人っていまだにいるし、いつの時代も、ハダカになってステージで踊りたがる人って、一定の数いるみたいだ。(そういう人って単純に身体に自信があるんだろうなと思うんだけど。実際きれいだし)

そういえば昔、前川さんと二人芝居をした元ハイレグジーザスの山田伊久磨さんが、舞台で裸になってるときは頭の中がすごくクリアになると言っていたなあ。

今日の舞台に乗ってた人全員が大阪万博に反対しているとはとても思えない。
もちろんはっきり意志を持って参加する人もいるのだろうけど、人数が増えていくと、コスプレしたり脱いだりして集まって何かしたい、でも何をしていいかわからない人が、強い怒りやその他の感情を持った人の周りに結集してしまうような気がして怖い。

それにしても、そもそもハプニングというアート的な発想と、政治思想って、本質的には全く別のことだと思うんだけどな。

しかしわたしの絵もときどきガロ系っぽいとか言われるしなあ、こういう場に出くわすってことは、なんか一脈通じるとこあるんだろうか…。