前回の日記の補足

前回の日記を読んだ母から、身内の悪口を書くなというメールがきて、びっくりした。

頭がカオスであることの面白さと、アウトプットの切実さについて書いたつもりで、祖母のことを書くのは目的ではなかったし、悪口を書いたつもりも全くないんだけど。
一度アウトプットしたものに、言い訳をするみたいで面倒くさいし、わたしの祖母がどんな人かなんて、他人にとってはどうでもいいことだと思うけど、親戚とかが読んでるかもしれないので、説明不足と思われる部分を補足します。

わたしが考える「悪い性格」の定義は、嫌なものは嫌、やりたくないことはやらない、そういう自分に嘘をつかない、我慢をしない、という性格。(いじめや犯罪は、性格の悪さというよりは他人との関係上の心の弱さや病気だと思う)
「良い性格」は、疑う事をせずに素直に物事を受けとめ、物事を荒立てない性格。たとえばテレビのコメンテーターの意見を丸呑みしちゃうような、善良さ。
わたしがそんな良い性格だったら、今ごろこんな不安定な絵描きになんかなってねーよ。
年がら年中、目に映るすべてのものを片っ端から疑ってかかってるんだから。。。
でもわたしは性格の良い人には面白みがないと思うので、眼中に入ってこないから、そういう人とぶつかったりはしない。ケンカする理由もないし、こっちが不利だし。

何かを考えることや、創作することは、まず疑問をもつところからはじまると思う。だから性格が悪いこと自体は悪だとは思わない。良いことだとも思わないけど。

わたしは祖母のことは、正直言って好きではない。でも嫌いでもない。特別なことはなにもない、どこにでもいそうな、ふつうの老人だと思う。
子供の頃には数えるほどしか会ったことがなかったので、どういう人なのかよく知らなかったし、可愛がってもらった記憶もない。
実家に来たときはわたしもすでに大人で、老人というものが珍しくて興味を持ったけど、祖母は尊敬できるような人格者ではなかったし、教えてもらうようなこともなかった。
血のつながりがあるというだけの理由で人を好きになることは、わたしにはできない。
かといって、嫌いになるほど深いかかわりを持ったわけでもなかった。

でも、どうしようもなく、持って生まれた性格に似たところがあるなあとは思った。
だから慣れない土地で、毎日毎日テレビ見たり編み物したりするだけの祖母に同情した。
でも祖母はそれが同情されるようなこととは夢にも思ってなかっただろうし、孫がどう思っているかなんて気にもしてなかったと思う。
たぶん、そういうところが一番似ている。あまり他人を必要としない性格が。(祖母にはそういう分析をする力はないので、わたしが勝手にそう解釈しただけだけど)
冷たい性格みたいだけど、自分の世界は完結してるので、本人は不幸だとは思ってない。こういうところが、わたしと母が一番似ていないところだとも思う。
母は、優しくて、いつもわたしや家族のことを心配しすぎなくらい心配しているが、性格が良いか悪いかでは割り切れないところがあって、妙に器が大きい、不思議な人だ。

でも、わたしがあまり他人を必要としないからといって、全く必要がないわけではなく、わたしにはまだ先の人生があるんだから、外の世界とどうつながっていけばいいか、今までもずっと考えてきたしこれからも考えないといけないな、って話だったんだけど。
文章書くのはやっぱりむずかしいな(絵なら多少過激でもスルーしてもらえるのに)。
こんなことは、そのまま書かない方が世間体がいいのはわかってるんだけど、そういう無難なつながり方をしたいわけでもないのよね。