月別アーカイブ: 2010年6月

30代からのお金のトリセツ

「30代からのお金のトリセツ」(伊達直太さん著/泰文堂刊)という実用書で、山のようにカットを描かせていただいたのだけど、その見本がきょう届きました。

カット描きって地道な仕事で、じつはかなり苦手意識があった。思い入れしすぎてもいけないし、気を抜きすぎてもいけないし。
こういう仕事が苦手なのは社会的に役立たずだからだ、、、なんて思ってた。
でも今回は、過不足なく手堅くこなせた、と自分で思えたのがとてもうれしい。
これでちゃらんぽらんが治るわけでもないから、やっぱり向いてないとは思うけど、ひとつ達成感を得られたので、これが次の支えになると思う。

不景気を嘆いてもしかたないから自分でできる対策を考えよう、という本で、地に足がついているのと同時に、とても前向きな内容だと思います。ツタヤのレジ横とかに並ぶそうですので、もし見かけたら手に取ってみてください。

30代からのお金のトリセツ (Earth star books)

  • 作者: 伊達直太
  • 出版社/メーカー: 泰文堂
  • 発売日: 2010/06/24
  • メディア: 単行本

のんびりランチ

昨日は表参道で大学時代の友人3人+ベイビーとのんびりランチ。
仕事と関係なしの友達と世間話をするような、こういう時間も大切にしないとね。
ずっと自分の世界に入りこんでいるうちに、忘れてることがあるような気もするし。

きょうは吉祥寺で、わたしと生年月日と血液型が同じ占い師Sさんとまったりランチ。
もうすぐ誕生日、そしてSさんはいま臨月。19日に生まれたら面白いんだけどな(笑)

充電

きょうは清澄白河と上野でギャラリーめぐり。
奈良美智の陶芸と、カプーアの大きなつぎはぎ鏡にわくわくした。

上野公園でタイフェスやってたのでガパオご飯たべた。うまー

いまのとこ自分の展示の予定はまったくないです。
去年まではグループ展をたくさんやってて、得たこともたくさんあったけど、でもそうやってエネルギーを小出しにするのは、いまは控える時期かなと。
目先のことをこなしただけで、頑張ったような気になって満足しちゃうとこあるから。
いまは、頭の中でいろんなことがまとまらないままふわふわしてる状態。
ただ、どっかに具体的な目標地点を設定しておく必要はあるんだよね。
ふわふわすることと具体的に動くことを同時にするって難しい。

裏技

【衣服に染みついたイオウの匂いを取る裏技】
洗濯するときに(うっかり)グリーンガムを一緒に入れる。
。。。ガムが飛び散るので後始末が大変ですが、いい匂いにはなります。

怪ダレ4「恐怖の教室」4刷!4並び(笑)
ぎゃ〜〜〜〜

後遺症

先日の旅行で日焼けしてしまった。やばー。。。
とくに、手の甲が黒くなって、おまけに湿疹まで出ちゃって辛かった。
顔もなんとなくひきしまったような(目の錯覚)。ちゃんといろいろ塗ってたのに!
こんな焼けたの久しぶり。とくに自転車でうろうろしたのががきいたかも。もし今度どっかにでかけるときは、夏でも手袋用意しないとだめだなー。

恐山温泉の湯上がりに着てた服に硫黄の匂いが染み付いて漂白剤を使っても取れない。
これからの人生、硫黄の匂いを嗅ぐたびに、恐山を思い出してしまいそうだ。。。

寺社めぐりと自分探しの旅

きょうも晴れ。上野を発って以来ずっと晴れで、高気圧をしょって歩いてるみたい。

バスやタクシーの運転手さんには、2、3日前までは寒かったんだよと必ず言われた。
ホテルをチェックアウトするとき、あれ鍵がないな~と思って探したら、ドアに刺しっぱなしになってた。そのまま寝ちゃったよ。危ない危ない。

朝イチで観光案内所に行き、自転車を借りた。
窓口に置いてあったガイドマップを片手に、盛岡市内をまわることにした。
まずは盛岡八幡宮へ。石清水八幡宮の分社だそうで、大きくて立派な神社だった。

それからガイドのコース通りにいくと、十六羅漢というのがあった。
一応案内板はでていたけど、一見ごくごくふつうの、風通しのいい小さな公園に、大きくて丸っこい石の羅漢像が、ぐるりと無造作に並んでいた。
もとあったお寺はなくなってて、石像だけが残っていた。土俗的な雰囲気ぷんぷん。
ああ、石に彫るのもいいなあ。質感、重量感、それに耐久性。すばらしい。

湧き水も何カ所かみかけた。町中なのに。飲料水とか洗濯用とか4段にわけてあった。ゆったりと流れる北上川に沿って走るのも、なかなか気持ちよかった。

盛岡城跡公園は、石川啄木の十五の心が空に吸はれし不来方のお城のあと。
啄木のお墓は、函館の父方のお墓のすぐ近くにあるので、なんとなく親近感がある。
ふもとには大きな岩が祀られてた。昨日の三ツ石神社といい、岩手には良い岩が多い。

報恩寺の五百羅漢像を見るのには拝観料が必要だったけど、受付には誰もいない。
お皿の上におつり用の100円玉が数枚、ばらばらと蒔いてあった。
それほど広くないお堂に入ると、四方の壁にぐるりと何段もの棚が作り付けられていて、木彫りの羅漢像がぎっちりと並んでいた。立体曼荼羅!全部で499体あるらしい。たった9人の仏師が作ったということは、ひとり55体以上彫ったってことか。すご~。

それからガイドのコースをはずれて山のほうへ。
グーグルマップに岩清水という地名が載っていたので、これはぜひ行ってみたいなと。

まるで夏のような日差し。暑いし、坂だし、ゼイゼイいいながら自転車を漕いだ。
iPhoneの画面を見ながら、住宅地のような農道のような道をうねうね進んで行くと、グーグルマップによれば、すぐ近くに「岩清水不動尊」というのがあるらしい。
しかし、そこまで行く道が、地図の中にも、リアル景色の中にも見あたらない。自転車を道の脇にとめて、自分の位置の表示が不動尊のほうに動くのを見ながら、こっちかな?いやこっちかな?と歩いて行くと、人んちの敷地の中に入ってしまった。

小高い丘があって、上を見上げると小さな建物があって、農作業中の人がいたので、勇気をだして「お不動さんはここですか?」と聞くと、ぐるっとまわるとあちらから登れるよ、と身振り手振りで教えてくれた。
それで道を探したけど、これがまたケモノ道みたいのが幾筋かあるだけ。こわごわ登ると、小さな鳥居と、岩清水不動尊と書かれた石、そして小さな祠があった。鍵が開いていたのでのぞいてみると、中はきれいで、鏡餅やお酒がたくさん並んでいた。

お参りしたあと、自転車にもどり、岩清水の集落をうろうろしてみた。
看板とか電柱とかに、あたりまえだけど、みんな岩清水って書いてある。
岩清水1番地は、山の斜面の住宅と、きれいな畑。のんびりした風景だった。
これがほんとの自分探しの旅。満足して、自転車で坂道を市街地へと一気に走り降りた。

自転車を返したのはちょうどお昼ころで、暑かったのでさっぱりしたものが食べたくて、また冷麺屋さんへ。今度は盛岡冷麺の元祖のお店「食道園」。やっぱりおいしかった。
おとといの「盛楼閣」のほうが、はじめて盛岡冷麺を食べたインパクトと、上にスイカがのってたのとで、わたしの中ではポイントが上だけど。

駅に向かう途中、宮沢賢治ゆかりの「光原社」のカフェで可否を飲んだ。
わたしは宮沢賢治は好きでも嫌いでもないというか、早い話興味がないんだけど、たしかにレトロで素敵なカフェだった。ギャラリーも併設されていて、中に入ると、賢治の童話の、東北弁での朗読の音声が流れ、申し訳ないがちょっと不気味だった。

1時間に1本ほどしかない東北本線で、奥の細道の終点、平泉についたのは2時半すぎ。駅に「みちのく 義経/弁慶最期の地 平泉へようこそ」と書かれていた。
わたしは歌舞伎の演目の中では「勧進帳」が一番好き。ま、あの舞台は加賀だけど。

まだまだ時間に余裕があるつもりだったが、お寺って5時くらいで終わっちゃうよな、と着いてから気がついて焦った。しかも、にわかにゴロゴロと雷の音が聞こえだした。
急いで歩き出したが、すぐにポツポツ降り出した。折り畳み傘を持ってて良かった。

柳之御所遺跡は発掘中の囲いだけ、無量光院跡はきれいな広場。ちらっと見てスルー。
源義経の終焉の地「高館」は北上川の大きなカーブが見渡せる気持ちのよい場所だった。
そりゃ一句詠みたくもなるわという感じで、芭蕉の「兵どもが夢の跡」の石碑もあった。

このあたりで雨足はだいぶ強くなり、中尊寺の入り口についたころはもう土砂降り。
ところがこのお寺はすごく広くて、そこから先がかなり長い。しかも、また坂道。
木が多いので多少の雨よけにはなったけど、外国人観光客は雨宿りしながら途方にくれ、遠足の子どもたちをつれた先生は、見学をあきらめ、電話でバスの手配をしていた。
わたしはひらきなおって、靴もズボンもずぶぬれにしながら、ずんずん歩いていった。たくさんあったお堂は本堂以外ほとんど素通りして、ようやく金色堂にたどりついた。

しかし愕然としてしまった。建物の中に入っていくと大きなガラスのケースがあって、その中に、小振りな金色堂の建物ごと、仏像や棺がすっぽり収まっている!
さらに、ガラスケースの前まで行くと、自動音声による説明が流れだした。げげえ。
豪華な細工なのは遠目でもよくわかったけど、はっきりいって全然感動しなかった。
あまりのことに、お賽銭も、お参りすることも忘れたまま雨の中に出た。そのあと見た、旧覆堂や、雨ざらしの能舞台のほうがわたしには面白かった。

宝物殿で立派な仏像や金字で書かれたお経を見てから外にでると、急に雨があがり、ぺかーっと晴れた。なんだったんだ。秀衡公がもう家に帰れと言ってるんだろうか。

毛越寺には5時ぎりぎりについた。なのにゆっくりして下さいと言われてうれしかった。
が、、、広々とした芝生のところどころに、失われたお寺の跡の印が立っていて、平安時代の遺構だという遣水があり、池には龍の形の何かが浮かんでいる。

なんだこりゃ。テーマパーク? 中尊寺もそうだけど、、、平泉、ちょっと痛いかも。
町じゅうきれいに整備されていて、ドライブのついでに立ち寄るにはいいとこだけど、世界遺産て、、、大人の事情はよくわからんが、そりゃ無理でしょ。。。

駅前に戻ると、駅の売店はしまっていて、それどころか駅自体も無人駅になっていて、数少ない電車を待つ人が所在なさげに待合室にたむろしていた。食べ物屋さんもほとんど5時閉店のようで、まだ空は明るいのに町は止まっていた。
田舎ではこんなものかもしれないが、観光地風のこぎれいな町並みとの落差がすごい。
お腹がすいて途方にくれたけど、どうにか開いてるカフェをみつけて一息ついた。

そうして、平泉から二駅の一ノ関から新幹線に乗って、無事に帰京しましたとさ。
日本て広いなあ、というのが感想です。ちょこっと見てきただけだけど。
はー、、、やれやれ、日記書くの大変だったわ。。。

岩と泉の国へ

きょうはほぼ一日中バスで移動。路線バスだけどかなり長距離だから酔いそうで心配。
盛岡市街地を抜けるとすぐに山になり、それからはずっと山山山山山、ときどきダムとか川。わたしは、景色がよく見える一番前の席に座った。
でももう山も見慣れて、きれいな川も奥入瀬のあとではインパクトが弱い(なんて贅沢な)。

乗客はとても少なくて、旅行者風なのはわたしともう一人の女性だけだった。でもたまに、周りに木しかないけどいいの?みたいな場所で乗ってくる人や降りる人がいた。
運賃表は、千円、二千円とどんどん値上がりしていった。

少しバスに酔って、だんだんうんざりしてきたころ、道の駅三田貝分校というところでトイレ休憩があった。路線バスなのに。
気分転換にフリスクでも買おうと売店を見ていたら、バスの運転手さんが話しかけてきた。ここのカレーパンは美味しくて、いつも売り切れてるのにきょうは珍しくまだ残ってると。運転手さんはカレーパン嫌いだったのにこれを食べてから大好きになったんだとか。

内心、揚げ物食べるような気分じゃないなあ…と思ったけど、言われるままに、そのカレーパンと、ついでに岩手短角牛コロッケも買い、バスに戻った。カレーパンはたしかに美味しかった。もう一人のお客さんにもひと口お裾分けした。
ふしぎと気分も良くなり、ここからは3人でおしゃべりしながら行くことになった。

岩泉町の中心部に入ると、バス停も乗降客も少し増えた。バスを降りていく人や前を横断する子どもたちはみんなバスに向かって深々とお辞儀してた。
そして2時間以上かかって、ようやく終点、龍泉洞前に到着した。

龍泉洞は日本三大鍾乳洞のひとつで、ここの水は世界でも有数の透明度を誇るのだそうだ。
入り口の前にも渓流が流れていて、洞窟に入るといきなり、驚くほど青く透明な水たまり。水路の上に木で組まれた通路を通って奥に進んで行くと、これまた澄んだ、深い深い地底湖。
まるで宝石みたいな色。のぞきこんだまま、しばしのあいだ放心してしまった。

水の中に照明が仕込んであったので、水深98メートルの底まで見えているらしいけど、あまりにも水が透明すぎて、98メートルと言われてもピンとこない。
照明の色が変化したりするのはやりすぎな気もしたが、でもとても感動した。ときどきコウモリがばさばさーーーっっと顔をかすめて飛んでくのにはひやっとしたけど。
外に出ると隣にもう一つ小さな鍾乳洞があって、そちらには資料などが展示されていた。再び外に出たら、入り口とは全く見当ちがいの場所で、すぐ目の前が道路だったのには驚いた。

岩泉町産のブルーベリーを使ったソフトクリームを食べてると、次に乗るマイクロバスが来た。
龍泉洞からさらに山奥に30分ほど行ったところにある安家洞は、日本で最長最古の洞窟らしい。
バスは10人乗りくらいで、ほかの乗客は地元のお年寄り数人だけだった。

町営の龍泉洞と違い、安家洞(あっかどう)は私営なのでいろいろと素朴で、掃除用のブラシやホースがそのへんの岩の上に放置されてたのには笑った。
ほかに見学者はなく貸切状態だったので、友人Kの芝居の曲をくちずさみながら入っていった。

足もとはコンクリートで適当に固められていたし、わりと平坦で歩きやすかったが、ところどころ天井が低いところがあって、入り口で借りたヘルメットが非常に役に立った。
途中まではただの洞窟という感じで、龍泉洞のような湖があるわけでもなく地味だったが、やがて、これぞ鍾乳洞!という白い見事な「神殿」にたどりついたときには本当に感動した。

見学コースの終点には柵があって「ここで終わりです」という手書きの看板が置かれていた。
地図によれば、奥には千枚皿もあるらしかったのに、見られなくて残念。えーん。。。
しかたないのでそこで引き返して、もう一度ゆっくり神殿を見たり写真を撮ったりしていると、なんと、誰もいないはずの洞窟の奥のほうから足音がきこえてきた!!!
これには心の底からドッキリした。

で、その足音がまた速くって、どんどん近づいてくるので、岩のくぼみに隠れてたら(笑)、あらわれたのは本物の探検の人だった(ま、それ以外ありえないけど)。
いかにも探検家らしい格好の彼はにこやかにこんにちは!と言うと入り口のほうに消えてった。
わたしも、なごり惜しい気持ちで洞窟を出ると、さっきの探検家氏がどこかに電話をかけて、鍾乳洞の奥のどこが危険だとか、修復しないといけないとか、そんな話をしているようだった。

帰りのマイクロバスの客はわたしひとりだった。
さっきと同じ運転手さんに、鍾乳洞の感動を伝えると、本当に好きなんだねえとあきれられた。
おいしい湧き水のところで車を停めてくれたので、ペットボトルのお茶を捨てて水を汲んだ。

龍泉洞前で盛岡行きのバスに乗り換えると、乗客はふたりだけ。朝と同じ道の駅で休憩があり、朝とは別の運転手さんが、こんどは龍泉洞の水を使った缶コーヒーをおすすめしてくれた。
素直にそのコーヒーと、行きに食べて気に入った短角牛コロッケもまた買った。
龍泉洞の水はモンドセレクション金賞受賞だそうな。コーヒーも後味スッキリでおいしかった。

この道の駅は、運転手さんがお客に話しかけるポイントなんだろうなー。わたしは帰りも一番前に座ってたし、いかにも旅行者風で、どうやら話しかけやすいらしい。(単に食い意地がはってそうにみえただけかもしれないけど)学生さんですか?と聞かれて、一応社会人です、と答えてしまった。一応ってなによ(怒)。

ところが、今度はもう一人のお客の地元のマダムがものすごくしゃべりたがりの人で、身内の自慢話とか、今日辞任した鳩山総理の悪口とか、堰を切ったようにまくしたてはじめ、面倒だったので、運転手さんに相手をまかせて、わたしはほとんど黙っていた。

運転手さんは話題を変えようと、わたしにあれが岩手山ですよとか教えてくれたり、今の季節の木々の緑はそれぞれの木ごとに色が違ってるけど、もうしばらくすると、みんな同じ緑色になってしまうんだよ、とか話してくれた。
しかし必ずマダムが割り込んできて話をすりかえてしまう。
でも盛岡のグルメ情報や観光スポットなどを教えてもらえたのは良かったのかも。

終点盛岡駅の少し手前でバスを降りたのは夕方6時すぎ。風情のある寺町の周辺を散歩した。
岩手の県名の由来の岩が祀られてる三ツ石神社にも行った。マダムに教えてもらったので。
鬼が、もう悪さをしませんといってこの大きな岩に手形を残したという伝説があるんだって。
わたしは千葉育ちだけど千葉の語源なんて知らないなあ(あとで調べてもわからなかった)。

それからやはりマダムにすすめられた、名物じゃじゃ麺を食べに、白龍というお店に行った。
はまる人ははまりそうな味だったけど、んー、わたしはあんまり、、、だったかな。
疲れたのでさっさとホテルに戻った。
ロビーにたくさん置いてあったパンフレットを参考に、あしたどこに行こうか考えよう。

青函紀行 その4

叔母の家の窓からは津軽海峡が見える。今朝は少しガスがかかり、下北半島が霞んでいた。(そういえば昨日の朝もホテルの窓の外が真っ白で、びっくりして起きたんだった)
でもお天気は良く、名物の朝市を冷やかしに行ったときは、だいぶ日差しが強かった。
地元の人は朝市や観光客向けの海鮮丼屋さんが軒を連ねるエリアなどには行かないので、叔母にとっても珍しいらしく、ちょっとはしゃぎながらひとめぐりした。

駅前で見送ってもらって10:40発の特急に乗った。ここからは一人旅。
青函トンネル記念館というところに、ずっと行ってみたいと思っていた。
いちおう地上からも行けるのだが、地下の坑道を見学するには電車で行くしかない。
今年12月に青森まで新幹線が開通するけど(青森ではポスターがたくさん貼られてた)、いまは北海道新幹線開通にむけての工事中なので、二つある海底駅の片方は閉鎖されて、見学できるのは本州側の最北端、竜飛岬の地下にある竜飛海底駅だけ。
この駅に停車する電車も1日にたったの4便のみ。新幹線開通後はたぶん見学できなくなる。

予約が必要ということで渋谷駅に行ったとき、窓口の人がこの記念館を知らなかったので、そんなマイナーな海底140mの駅で、他に見学者がいなかったらどうしようと不安だった。
でも、停車前に、2両目からしか降りられないので集まるようにというアナウンスがあり、出口に行ってみると、リタイア後とおぼしきおっさんや鉄ちゃんがごちゃっと集まってた。
それはそれで不安になったが、あとから家族連れも来たのでひと安心した。
坑道内の案内係の人もいっしょの電車に乗っていた。

海底駅の、人ひとりしか通れない、暗くて細いプラットホームに降り立ってからは大興奮。電車の走る「本坑」に並行している「体験坑道」を歩いて記念館に向かった。

ごつごつした壁や天井、地下水を排出するための太いパイプ、火災発生時のための風門、メンテナンスの人たちがトンネル内を移動するために使う自転車(ふつうのママチャリ)。
ここができた昭和63年当時、見学者でにぎわったころを偲ばせる、さびたジオラマや、使われなくなって久しく、土に還りかけている「竜宮水族館」も興味深かった。

工事に使われた機械や、資料の展示にはあんまり興味なかったけど、係の人の説明も聞きたいし、いろいろ見るのも忙しいし、ばたばたダッシュしまくって、ふつうに体験コースを歩く距離の1.5倍くらいは走ってたんじゃないかなあ。
そしてケーブルカー「もぐら号」に乗り、長~い斜坑を通って地上の記念館へと登った。(もぐらはここのキャラで、80年代風の絵柄。こんなとこにももれなくキャラがいるのね)

海底駅といっても、ほんとの海のド真ん中にあるわけじゃなくて、工事中や、有事に地上と出入りできるように、海と陸地の境界あたりにある。
実際、記念館のあるところは、工事中には基地だったらしい。

やっと地上にでると海がまぶしく見えた。記念館は道の駅もかねているけど人はまばら。
記念館自体もちょっとした展示物と映像コーナーがある程度で、本物のトンネルを見てきたあとではどうということもなかったが、プロジェクトX的な映像は、なかなか感動的だった。

何度も起きた事故や、開通式の様子。とにかく昭和っぽいというか、青春っぽいというか。
工事中にいっぱい人死んでるし、現代の感覚だと、よくまあこんな無茶したよなって感じ。
でも、実際にその跡地に立ってみると、やっぱり圧倒されるものがあったし、なんだかよくわからないけど、ここで人間のものすごいエネルギーが発揮されたのは確か。
ナレーションは、最後に、いつか北海道に新幹線が通るのが夢だ、と語っていた。兵どもが夢の跡だなあ、と思った。

また海底駅まで戻って電車に乗って、三たび青森駅に着いたのは15時近くだった。
そのままタクシーで青森県立美術館へ。美術館行きのバスが少ないのでしかたなく。
まず入り口にあるシャガールの「アレコ」の背景画がほんとに素晴らしかった。バレエの舞台背景用の3枚の巨大な幕。これずっとみてるだけで満足できそうなほどだった。

企画展が「ポンペイ展」で、元々あまり興味がなく、常設展だけ見るつもりだったけど、おととい三内丸山遺跡に行ったせいで、ちょっと見てみようかなという気になった。
壁に描かれていたのを剥がして復元した、フレスコとモザイクの絵が面白かった。
絵のいい悪いではなく、前に立つとその家で暮らしていた昔の人々の気配が感じられるようで、これが、ふつうの絵画よりも生活に密接した壁画というものの力なのかなあと思った。

それから常設展。青森出身の人の作品を集めているので、ばらばらといえばばらばらだけど、「あおもり犬」をはじめ、奈良美智の作品をまとめて見られるし、棟方志功のでっかい肉筆画がすごく良かったし、寺山修司の部屋も独特の雰囲気だった。
時間を忘れて見ていたら、帰りのバスの時間に遅れそうになってしまった。またばたばた走って、ちょっと離れたとこにある奈良美智の「八角堂」を一応見るだけ見た。
なんとかバスに間に合い、青森駅に戻ると、そこでまた別の長距離バスに乗り換えた。ここの乗り換えの時間が短くて心配だったのだけど、どうにかうまくいった。

高速道路からみる景色は、こないだの八甲田山の道路なんかに比べると単調だったし、だんだん暗くなってきたので、ちょっとウトウトしたりしているうちに、盛岡に到着した。

盛岡に来るのはまったく初めてだけど、曾祖父の出身地。どんなところなんだろう。
朝からまともなものを食べていなかったので、まずは駅前の盛楼閣で盛岡冷麺。
疲れていたし、こんな冷麺は初めてで、とても美味しく感じた。もう8時過ぎていたけれど、今晩泊まるところを決めていなかったので、食べながら検索。

ここまで来たんだから宿まで行って実際に見て、気に入ったところに泊まろうと考えた。それで少しうろうろして、安くて便利そうで、古いけどいい雰囲気のところをみつけた。
ネットで予約した方が安いだろうと、某サイト経由で何度か申し込んだけどうまくいかず、電源は減っていくし、ちょっと焦ったが、べつの旅行サイトを使ったらすんなり取れた。
無事チェックインできて、ほっとした。